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キャラコさん

キャラコさん

久生 十蘭

11 新しき出発

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,361 字 · 27 页

青空文庫

「これで、確実に、受遺の効力が発生したわけで、相続税金及び銀行手数料その他を支払った残余、四千二十五万六千四百六円七十二銭は、今日から、ご自由の用途においてお使いなさってよろしいのです。……この紙挾みのほうは、支払いの明細書と受領証、こちらの角封筒の中には、預金帳と、有価証券及び公債証書の目録が入っております」

そういって、弁護士が帰って行った。

たった十分間ほどの会見で、キャラコさんは、約四千万円の金持になってしまった。

弁護士が帰って行ってから、やや長い間、キャラコさんは玄関脇の六畳で、ムッとしたような顔で、ひとりで坐っていた。

何か、えらいことが始まったような気がするが何がどうえらいのか、その意味が、はっきりと頭に訴えて来ない。

卓の上に置かれた、物々しい紙挾みと嵩張った白い大きな角封筒を、珍らしい生物でも眺めるような眼つきで、眼の隅からジロジロと見物していたが、そのうちに、なんともいえない重苦しい不安と、得体の知れない憂愁の情に襲われはじめた。

紙挾みのほうには、『常松法律事務所』と固苦しい大きな活字で名を入れてあり、正金銀行の角封筒には、警察の徽章とよく似た金色の紋章が鮮やかに刷り出されてある。