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キャラコさん

キャラコさん

久生 十蘭

09 雁来紅の家

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,452 字 · 19 页

青空文庫

キャラコさんは、溜息をつく。

「これはたしかに厄介な感情ね。こんなものがあたしのところまで押し寄せて来ようとは思わなかったわ」

閉口して、両手でゴシャゴシャと髪を掻き廻しながら、長い間なにか考えていた。そのうちに、決心がついたように威勢よく寝台から飛び降りると、卓上電灯をつけて手紙を書きだした。

イヴォンヌさん。あたしは、たしかに、あの油絵の青年に心をひかれています。

あたしがこんな感情をもった以上、放って置くわけにはゆきませんから、あすの朝、あのひとのところへ行って、きっぱりとカタをつけて来るつもりなの。どうぞ、賛成して、ちょうだい。あのひとが、あたしを嫌いだったらしようがないけど、もし、好いてくれたら万歳ね!

この結果は、あすの晩、電話でお知らせしますわ。

三

次の日の正午ごろ、キャラコさんは、雪ヶ谷から石川台へ抜ける切通しを歩いていた。

両側は雑木林をのせた低い岡で、そこで漆の葉が薄紅く染っていた。

気が向くと、底の平ったい靴をはいて、ひとりで気ままにあちらこちらとあるきまわるので、キャラコさんは武蔵野の岡や小径をよく知っている。

油絵の遠景のような丸味のある台地は、武蔵野の西南のほうに多いのだから、根気よくこの辺を歩き廻っているうちに、それらしいのに行き当るだろうとかんがえて、あてもなし