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ジャンのものがたり
ジャンの物語
宮本 百合子
「婦人公論」1937(昭和12)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,273 字 · 13 页
翌年の冬、息子が生れた。トルストイはこの頃から「戦争と平和」に着手した。完成に四年かかった。つづいて「アンナ・カレーニナ」を書き、次第に彼の宗教的転換がはじまった。民話をかきはじめ、当時のロシアのギリシャ教の神学への批判をかき、「我が懺悔」「我が宗教」「我等何をなすべきか」等を著し、好きな狩猟をも、楽しみのための殺戮に反対してやめてしまった。次から次へと生れて来る子供たちの世話をしたり、家政をとる傍ら、徹夜までしてレフ・トルストイの作品の浄書をして援けて来たソフィヤ夫人とトルストイの間は、トルストイが一度、一度と精神的危機を経験する毎に離反の度を増して来た。一八八七年、五十九歳に達したトルストイと四十三歳のソフィヤ夫人とは銀婚式をあげ、恐らくそれは世界的大芸術家、社会改良家、哲人としての名誉にふさわしい家族的祝祭であったであろうが、トルストイは自分の日記に向ってただ一行、恐ろしい含蓄をもって書いている。「もっとよくあり得た筈だ」と。
晩年、特に最後の数年のトルストイとその家族の生活というものは、さながら急速に崩壊するロシア貴族階級の最も強烈な精神挌闘史の如き観がある。