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ズラかったしんきち

ズラかった信吉

宮本 百合子

「改造」1931(昭和6)年7~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,656 字 · 110 页

青空文庫

熱湯配給所の小舎のわき、棚の前へ土地の物売りが並んでいる。

ゴムの尻当てみたいな輪パンがあるナ。いくらだ? 四十五カペイキ? たけえ!

樺の木の皮へつつんだバタを売ってる女がある。

次は――玉子。

バケツに塩漬胡瓜を入れて足元においている婆さんから信吉はそれを三本買った。ナイフで薄くきってパンにのせて食うんだ。

焼豚の脂肉――

鶏の丸焼もあるが、ヤカンを下げた連中は値をきくだけで通りすぎちまう。

やっぱり気をつけて金をつかってるんだ。

柵が終ろうとするところに、桃色の布をかぶった十五六のぼってりしたロシア娘が、可愛らしい口に細かい黄色い花の小枝を咬えながら、牛乳を売っている。

信吉は何しろ財布があやしいから胡瓜やオーブラ(干魚)で幾日もしのいで来ている。不意と濃い牛乳を流しこんで見たくなった。

「なんぼ?」

四合瓶に一杯つめたのを指して訊いた。

「五十カペイキ」

しめ、しめ! 確にそうきいたと思い、信吉は牛乳瓶をとって、娘の手へ五十カペイキわたした。

すると、どうしたこった! 娘はいきなり口から花の枝をほき出すなり大きな声で何か叫んだ。信吉の手元へとびついて来て、持ってる牛乳瓶をひったくろうとする。