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ズラかったしんきち

ズラかった信吉

宮本 百合子

「改造」1931(昭和6)年7~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,656 字 · 110 页

青空文庫

四つ角で、巡査が赤く塗った一尺五寸ばかりの棒を、

トマレ! ススメ!

鼻の先へ上げたり、下したりして交通整理をやってる。遠くの板囲から起重機の先が晴れた空へつん出ていた。タタタタタタ、鋲打ちの響がする。

仲間の一人が屑煉瓦の中から往来へ電気時計を見に行った。

「――おう、子供等茶の時刻だゾ」

信吉は、ゆっくり伸びをしながら立ち上り、帆布手袋をぬいで鎚といっしょにそれを砕いた煉瓦の間へ隠した。――どれ、一時まじゃあ休み、と。――

二

焼きたてのパンの熱気と押し合う人いきれで、三方棚に囲まれたパン販売店の中はムンムンしている。

信吉は煉瓦埃りのくっついたままのズボンで列の後にくっついて、辛棒づよく一歩ずつ動き、先ず勘定台で十二カペイキ払って受取の札を貰い、今度はパンをうけとるために続いてる列に立った。

のろのろ前進しながらむこうの往来を眺めると、石油販売店の前から、ズット歩道の角まで列がある。

よくよくものが足りねえんだなア。

まさかモスクワがこんなじゃあるまいと思ったが、ひどい有様だ。こんなに列に立って買うパンが而も制限されている。めいめい住宅管理部から手帖をわたされて、その一コマが一人一日分だ。