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ズラかったしんきち
ズラかった信吉
宮本 百合子
「改造」1931(昭和6)年7~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,656 字 · 110 页
ひでえもんなんだ。
信吉は心配で、それなり家へは帰れなくなった。そんなところから呼び出しを食う覚えねえだけ、薄っ気味わるい。
信吉は、暫く待って、もう一遍劉のところへ行って見ることにした。アーク燈のすぐ下にベンチが空いている。そこへ腰かけた。一服しようとポケットをさぐったら、あわくって飛び出して来たんで、生憎、煙草もマッチもない。
信吉は内ポケットからさっきの紙をとり出し、踏んばった両膝へ肱をつき、パンとひろげて眺めたが――。
我知らずロシア人のするように肩をすくめ、信吉は悲しそうに紙をもったなり両腕を拡げた。
いけねえ。……字を知らねえじゃいけねえ。
しっとり黒い夜の梢の下で白い紙は、寒そうにアーク燈の光を浴びた。
四
ビショビショ雨降りだ。
モスクワの雨樋はちょっとよそのとかわってる。一番下の、雨水を吐くところがまるで大ラッパの口みたいに、いきなり人道へ向ってあいている。だから、ウッカリその傍なんか歩くと、グワワワワワと、四階五階のてっぺんから溢れて来る雨水で容赦なく足をぬらされる。
信吉は、現にズボンの裾を濡らしてる。靴も幾分ジクついてるのだが、そんなことには気をとめず、熱心に四辺の様子を見まわしていた。