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ズラかったしんきち
ズラかった信吉
宮本 百合子
「改造」1931(昭和6)年7~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,656 字 · 110 页
行って見ろ」
「鋤? 何だね鋤って――」
「工場だ――農具をこさえる工場で、大きい工場だ」そして「お前が日本で働いてた、田舎の、小ちゃいんじゃないよ」剽軽に、信吉の訛ったロシア語を真似して笑った。
「体格検査をうけて、通ったら見習一週間。給料つき。それから本雇の給料は、工場委員会の技術詮衡委員がきめてくれる。――わかったか? サア、これがところ書だ」
モスクワ、ヤロスラフスコエ街道。――
モスクワも北端れだ。長く続いた工場の煉瓦塀の外に青草が生え、白い山羊が遊んでいる。貨車の引こみ線らしいものが表通りからも見えた。
工場クラブの横に診療所があって、信吉といっしょに健康診断をうける男がほかに三十人ばかりある。
信吉はズボンだけの裸んなって、腋毛を見せながら、白い上っぱりを着た中年の医者の前へ立った。
「さて……見たところ達者そうだね」
信吉に舌を出させながら、
「お父さんとお母さんは丈夫かね」
「親父は丈夫です。お母は死んだ」
「何で?」
「知らない」
「肺病か、それとも――気違いじゃないか」
医者は人さし指をコメカミのところでクルクルまわして見せた。
「そうじゃないです」