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ゼーロン

ゼーロン

牧野 信一

「改造」1931(昭和6)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页

青空文庫

れがあるのだ。縦令記録に残って彼等勇敢なる武士と肩を竝べる誉があろうとも、私は夜行には絶対に自信は皆無である。思っただけで身の毛がよだつ――。私は嘗て徒党を組んでこの森を横断した経験があるから昼間の道には自信はあるが、がむしゃらに奥へ奥へと踏み込んで滝のある崖側に突き当ると、今度は急に馬鹿馬鹿しく明るい、だが起伏の夥しい芝草に覆われた野原に出る筈だ。暗鬱な森を息を殺してここに至った時には思わずほっとして皆々手を執り合って顔を見合わせたことを覚えている。で、夢見心地でこの広々とした原っぱを通り過ぎると、間もなく物凄い薄の大波が蓬々と生い繁った真に芝居の難所めいた古寺のある荒野に踏み入る筈だ。ここでは野火に襲われて無惨な横死を遂げた旅人の話が何件ともなく云い伝えられているが、全くあの荒野で野火に囲まれたならば誰しも往生するのが当然であろう。秋から冬にかけては村々は云うまでもなく森の盗賊団でも火に関する掟が厳重に守られているのは道理だ。

さてこれらの不気味な道を通り越しても更に吾々は休む暇もなく、今度は爪先上りの赤土のとても滑り易い陰気な坂をよじのぼらなければならない。