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ゼーロン
ゼーロン
牧野 信一
「改造」1931(昭和6)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页
おそらく私を見出したならば彼は会心の微笑を洩らして最も残酷な嬲り打ちを浴せ、跳ねては転びしながら逃げ回るであろう私達の悲惨な姿を現出させて鬱屈を晴らすに違いない。この臆病な驢馬を御し、この稀大な重荷を背負って私は、あのライタアの火蓋に身を飜す光景を想像すると、もう額からは冷いあぶら汗が滲み出した。地獄の業火に焼かるる責苦に相違なかった。私の脚には忽ち重い鎖がつながれてしまった。私は擂鉢のふちでどちらを向いても真に進退ここに谷まったの感であった。私は、然し、勇を鼓して、もう一度緩やかに、おしめども今日をかぎりの――と歌って、馬を追いやろうとしたが、徒らに口腔ばかりが歌のかたちに開閉するばかりで決してそれに音声が伴わないではないか。
その時であった、ゼーロンが再び頑強な驢馬に化して立ちすくんでしまったのは――。ワーッ! と私は、絶体絶命の悲鳴を挙げて、夢中でゼーロンの尻っぺたを力まかせに擲りつけた。
と彼は、面白そうにピョンピョンと跳ねて、ものの十間ばかり先へ行って、再び木馬になっている。まるで私を嘲弄しているみたいな恰好で、ぼんやりこっちを振り返ったりしているのだ。