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チェーホフしろん

チェーホフ試論

神西 清

――チェーホフ序説の一部として――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,618 字 · 41 页

青空文庫

そこには死を四年後にひかえた肉体的衰弱からくる一脈の感傷はあるかもしれない。だがいずれにせよ、この老人が自分の信念をぐんぐん押し通してゆく毅然たる生活態度に、チェーホフが及びがたく学びがたいものを痛切に感じていたことだけは争えない。多少ともこれに似た畏敬の念を彼に抱かせた同時代人はコロレンコだ。チェーホフはこの七歳年長の写実主義作家のうちに、均衡のとれ目標のきまった健全な生活者を見、さながら自分を裏返しにしたようなこの人物に、はげしい羨望を感じたのである。非情がもし何か壁のようなものなら、それを突き破って出て行けばいい。決然として行動人になればいい。ここでチェーホフの積極性、行動性を物語る証拠として、二つの事件がある。

その一つは一八九〇年のサガレンへの大旅行、もう一つはその翌年秋から翌々年へかけての大飢饉の際の彼の活動である。既に二度も喀血を経験している身で、鉄道が敷ける以前のシベリヤを、雪どけの氾濫や泥濘と闘いながら、単身がた馬車に揺られどおしで横断し、首尾よく目的地に着いて冷静きわまる科学的データの蒐集に従い、帰りの海路ではインド洋を全速力で進む汽船の甲板から身を躍らせて、船尾に垂らしたロープにつかまりながら、海水浴を楽しむというような、一見無謀とも見える大遠征へチェーホフを駆り立てた真の動機について