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チェーホフしろん
チェーホフ試論
神西 清
――チェーホフ序説の一部として――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,618 字 · 41 页
一家の扶養と学資かせぎが本来の目的であったが、勿論この濫作には惰性やジャーナリズムの要求が有力に働らいていたことは疑えない。これがチェーホンテ時代のあらましである。通説によれば、これが彼の無自覚な嬉々とした小鳥の歌の時代だというのだが、この推量の荒唐無稽は、あえて彼の手紙を引合いに出すまでもなく一見して明らかだろう。それは笑いの強制労働である。ゴーゴリの場合も、その天成の笑いは若年にして北の空気によって著しく変質させられたが、チェーホフの場合はおそらくその比ではなかったに違いない。勿論その持って生まれた笑いの衝動そのものは消え失せるはずもないが、笑いの性格は殆ど旧態をとどめぬまでに歪まされたと見てよい。
のみならずチェーホンテ時代の初期すでに「チェーホフの哀愁」が始まっていたことを証拠だてることも、決してむずかしい仕事ではない。例えば『おくれた花』はかなり大型な作品で二十二歳の春の作である。ある令嬢が田舎医者に恋する。さんざん躊躇したあげくやっと意中を打明けるが、その頃は肺病がよほど進んでいる。医者は自分の精神的堕落を顧みて、この告白に頗る戸迷いするが、結局彼女をつれて南仏へ転地旅行に出る。