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チェーホフしろん

チェーホフ試論

神西 清

――チェーホフ序説の一部として――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,618 字 · 41 页

青空文庫

なぜ人はそれを弔鐘と聞くのだろう。それは一つの進化を告げる祝祷の調べではないか。なんでそれをわざわざ悲劇に仕立てる必要があるのか。――それがチェーホフには何としても不可解だったに違いない。

チェーホフは最後に少くももう一つ、「喜劇」を書く意図があったが、この戯曲はついに書かれなかった。その代り彼は死の床で、最後の「陽気な」台詞を吐いた。彼は一九〇四年新暦七月十五日、南ドイツの鉱泉地バーデンヴァイラーの旅舎で安らかに死んだ。その臨終の言葉は、「イヒ・シテルベ」(ドイツ語で「わたしは死ぬ」の意)だったと未亡人は伝えている。人はまたしてもここに悲劇を見るだろうか。それとも科学者の冷静に感服するだろうか。二つともちがう。彼は医者のくせにドイツ語が頗る不得手だった。その不得手なドイツ語を、わざわざ妻の前で使ってみせたのである。その彼の表情を思い浮べてみるがいい。チェーホンテは最後まで健在だったのである。

(昭和二十九年十月「文芸」)