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ドーヴィルものがたり

ドーヴィル物語

岡本 かの子

「経済往来」1933(昭和8)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,723 字 · 44 页

青空文庫

その眼は大きいが柔い疲れが下瞼の飾のような影になって居る。この老美男を組んだ腕でぐんぐん引立てて来たイベットは、咄嗟に小田島を見たが、すぐ、知らん顔をした。そして五六歩あるき階段へ廻る廊下の角の林檎の鉢植の傍まで行くと、老紳士と組んだ腕を解き、右の片手を鉢の縁にかけ、夜会服の裾を膝まで捲る。心得のある老紳士はそっと彼女に背を向け中庭の薄明が室内の電燈と中和する水色の窓硝子に疲れた眼を休ませる。客商売である帳場の者はもちろんこういう時の心得は知って居てそっぽを向く。(小田島ばかりはこういう時の礼儀を知らぬ東洋人であると、しらばくれて居られる特権がある。)彼女が捲った膝の縊れが沓下の端を風鈴草の花のように反り返らせ、露になった彼女の象牙色の肉が盛り上る其処には可愛らしいジャンダークの楯が刺青してある。フランス乙女倶楽部の会員章だ。実はこの刺青を小田島に見せるために、彼女は人前で靴下止めを直す振りをしたのだ。小田島とランデヴウを約束しようとして他人と一緒の時には、いつも彼女はこの可愛らしいふてぶてしい仕草で合図をする。

彼女は小田島が彼女の様子を見届けたのを知ると裳を元通り降して立ち上り、老紳士に云った。