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ドーヴィルものがたり
ドーヴィル物語
岡本 かの子
「経済往来」1933(昭和8)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,723 字 · 44 页
あっちの男をイベットと張り合ってやる!
九
初秋の午前の陽が、窓から萌黄色に射し込み、鏡の前にゼラニュウムの花が赤い唇を湿らして居る夢のような部屋。
イベットは男に口をきくのを許さなかった。
――いま二人は「物」よ。ただそれだけ。「物」が最上の価値を出している。ただそれだけ。
たとえそれだけにしろ、たとえ礼心だけにしろ、イベットが今の小田島に対して、男に対する女になることを努めて居るのが、小田島にはいじらしくて仕様が無かった。
小田島はしきりに溜息をした。そして一言でも云い掛けると、唄でイベットはまぎらした。
小田島はいつの間にか、眠って仕舞った。
一時間半は過ぎた。何かに自分を根こそぎ持って行かれるような気持ちを、夢うつつの間に覚え、はっとして彼が半身を起すと、もうイベットは彼の傍には居無かった。
イベットが出発する夜の時間に小田島はホテルの玄関に停って居た。
迎えの自動車が来た。しかし、それには市長も金持ちも乗って居なかった。その代り探偵長ボリス・ナーデルが旅行服で乗って居た。多勢のホテルの使用人達に付き添われて出て来たイベットは落付いた色の軽快な服装の為に寂しい威厳まで加わった。