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ドーヴィルものがたり
ドーヴィル物語
岡本 かの子
「経済往来」1933(昭和8)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,723 字 · 44 页
――今日のお昼は小海老を喰べに行きますの、オンフルールの、サン・シメオンへ。
――承知しました、マドモアゼル。
――あら、あたし独でですわ。
――妙ですね。浮気?
――いいえ、たった一人でセーヌ河口が見度いのですわ。
――ホホウ、ヒステリーの起った風景画家というところですな。では晩まで遠慮しましょう。
――その代り、晩は十時にシロで晩御飯。それから賭博場のバカラへ行きましょう。
イベットは老紳士との会話で小田島に知らせるランデヴウの場所(サン・シメオン)を聞かせた。小田島は二人が二階へ昇って仕舞ってから帳場係に聞いた。
――あの紳士は誰だい。
――ドーヴィル市長、ムッシュウ・マシップ(仮名)です。
小田島はいつぞや巴里で彼女がほのめかした通り、イベットは本当にスペイン国事探偵として、このドーヴィルに喰い込んで居るのかと、内心驚いた。
二
太陽が鮮に初秋の朝を燦かし始めた。ドーヴィル市の屋根が並べた赤、緑、灰色の鱗を動かして来た。その中に突立つ破風造りの劇場、寺の尖塔(上べは綺麗ずくめで実は罪悪ばかりの素材で作り上げたこの市に寺のあるのが彼には一寸おかしかった。