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ボニンとうものがたり
ボニン島物語
久生 十蘭
「文藝春秋」1954(昭和29)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,772 字 · 41 页
と叫びながら、駕籠脇に迫ってきた才槌頭の襟首を掴むなり「おのれ」といって、ぬかるみへ取って投げた。これまでの例では、どんな悪口をいっても、南部藩士の刀を抜いたのを見たことがないので、手代どものほうは気が強い。ふて腐ったようなのが三十人ばかり、
「なんだなんだ」といいながら、寄り身になって久太夫のほうへ詰め寄ってきた。
先頭にいるのが、赤木屋という油屋の手代で、これが音頭取らしく、
「よくも仲間を取って投げやがったな。訴訟するのが気に入らざ、斬るなと突くなと、儘にしてみやがれ、どうする」と柄にもない強がりをいって、久太夫の袴腰に手をかけた。
久太夫は苦笑いしながら駕籠について歩いていたが、よくよく虫の居どころが悪かったのだとみえ、急に顔色を変えて刀の柄に手をかけた。
「赤木屋、おれは田中久太夫だが、見事、斬られてみるか」
赤木屋の南部藩の田中久太夫は使い手だということは知っていたが、抜くはずがないと多寡をくくって、
「南部の稗飯食いに、人が斬れるのか。面白れえ、やってみろ」と減らず口をきいた。
七尾駒三郎は、ぬかるみの中に立ちどまって、この始末をながめていた。