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ボニンとうものがたり

ボニン島物語

久生 十蘭

「文藝春秋」1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,772 字 · 41 页

青空文庫

清兵衛は、なぜか急に狼狽して、「異人といっしょに居りましたのは、ほんのひと時で、間もなく、私らだけで、ほかの島に移りました」

清兵衛らの移ったのは、ペール島の北にある、周り十里ほどの島で地味が肥え、黒土が六尺もあって、なにによらず、蒔いてものの成らぬということはない。林を開いて切替畑もつくったが、そこも物成りの早いところで、果実の種を捨てると、いきなり木になってしまうので、うっかり種も捨てられず、かえって迷惑した、などと語った。

深志は笑って、

「それはまた、大した島だ。このあたりの痩せ枯れた地味にくらべると、まるで夢のような話ではないか。そんな安楽世界に住みながら、やはり日本が恋しくなったのか」

清兵衛は慇懃にうなずくと、真北のほうを指して、「ちょうど霧隠れになっておりますが、あれは恐山といって、北郡のしるしになる山でございます。あれをひと目見たいばかりに」

庄吉が、また大きな声をだした。

「嘘つけ、清兵衛」

深志は眉の間に皺をよせて、

「こら、話の邪魔をするな。お前は向うの水沢のそばへでも行っていろ。話がすんだら呼んでやる」

庄吉は急におとなしくなって、言われたように斑雪の残った水沢のほうへ行くと、こちらに背を見せて枯蘆の間に坐った。