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ボニンとうものがたり

ボニン島物語

久生 十蘭

「文藝春秋」1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,772 字 · 41 页

青空文庫

濠端の久太夫と赤木屋の手代は、活人画中の人物のように、ものの四半刻ばかり、そこで凝り固まっていたが、そのうちにどちらの顔にも疲労の色が濃くなり、斬るか斬らせるか、一挙に埓をあけなければ、このうえは、ひと時も保合えぬようなところにまで迫ってきた。

久太夫は貧苦で削ぎたった頬をひきつらせ、虚空を睨んでニヤリと笑い、「貧はすまじきもの」などと独語をいい、血走った眼で手代の顔を睨みつけていたが、

「下郎め、うぬがために、終生の恥辱をとったぞ」と大喝するなり、手代の真向へ、やツとばかりに竹光の刃を立てた。

赤木屋の手代は、ひえツと息をひき、のけ反ったままぬかるみにへたりこみ「斬りやがった、斬りやがった、あゝ、ひどいことをする」と頭をおさえて子供のように泣きじゃくっていたが、身に受けた傷が、蚯蚓腫れほどでもないことをさとると、俄かに立ちあがって、

「なんだ、竹箆か。うぬは、これで何度そくいいを練りやがった。刃傷の証拠にする。それをこっちへよこせ」といいながら、諸手で刀身に掴みかかった。

これをとられると、恥の上塗り、久太夫は狼狽して、

「なにをする。これ、手を離せというのに」