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ボニンとうものがたり

ボニン島物語

久生 十蘭

「文藝春秋」1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,772 字 · 41 页

青空文庫

と入り身になって刀を庇う。とろうとする、やるまいとする。たがいにおし揉みあっているうちに、二人の手から竹光が落ちる。朴の鍔をつけた竹の刀は、大手の辻々を吹きめぐってきた一陣の旋風に巻きこまれ、「あれよ」という間もなく、虚空高く舞いあがった。

ちょうどそこへ津軽越中守の駕籠が下って来た。駕籠脇のお徒士はおどろいて空を指さし、「あれ、抜身が飛んで行く」と口々に叫び、この世にあろうとも思えぬ奇観をながめていたが、そのうちに、一人が思わず噴きだしたので堰が切れ、御先手の中間も、行列の総体が腹を抱えて笑いだした。

久太夫の竹光は、雪もよいの低い雲の下で、旋風の風道にしたがって生き物のように高く低く舞い遊んでいたが、濠を越え、吹上の御苑のあるあたりで、ふっと見えなくなってしまった。

久太夫は腕組みをしたまま呆然と縁石の傍に佇んでいたが、涙をためた大きな眼で駒三郎のほうへ振返ると、

「おれは腹を切るが、ひだるい腹では斬りにくかろう。今生の名残りに、思うさま飲み食いしてから、心しずかにこの世にお暇をするつもりだ。深志甚左を誘って、夕刻から相伴をしに来てくれ、語り残したこともあるで」