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ボニンとうものがたり
ボニン島物語
久生 十蘭
「文藝春秋」1954(昭和29)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,772 字 · 41 页
「それで、おぬしは徳利のカケラで腹を切ろうというのかい、いかに窮してあげくでも、これはまた詰りきったことだ。南部の貧乏も、これで底が入ったというものだ」と、つぶやくようにいった。
久太夫は、片口から五郎八茶碗やら、ありあうものに酒を注ぎわけ、
「なにも詰りはせん」とやさしい調子でやりかえした。
「南部の侍は貧乏で、腹を切る刀も持たぬが、そのかわり腹の皮はごく柔いで、瀬戸物のカケラでも切れると、いうところを見せてやるのだ。しっかりと見届けてもらいたい」
深志がいった。
「いかにも検分をしようが、瀬戸物で腹を切るのでは、さぞや、ふんだんに血汐をふりまくことだろう。有難い役目ではないな」
久太夫は片口の酒をグイ飲みして、
「これも因縁事のうちだと思え。正徳二年のことだった。三十二世利幹公の代、大晦日の午すぎから、れいのごとくに掛取りが二十と何人押しかけてきた。元日になっても動かず、歳旦の式を挙げることができないのでみな弱り切った。おれの大曽祖父、同名、久太夫と深志の大曽祖父の恒右衛門が、それならば、腹でも切って埓をあけようかといって、割場の詰合いへ掛取りを呼びこみ、辞宜にも及ばず、下座に並んで腹を切って見せた。