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マダムさだやっこ

マダム貞奴

長谷川 時雨

「婦人画報」1920(大正9)年2~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,999 字 · 53 页

青空文庫

「ねえ、僕が川上の世話を焼きすぎるといって心配したり、かれこれいうものがあるけれど、男は女に惚れているに限ると思うのです。」

そういう特種の社会哲学を、誰が誰に語っているのかと思えば、聴手には後に耳のないわたしへで、語りかけるのは福沢氏だった。わたしは微笑を含みながら真面目になって、そのくせ後へはむきもせずに耳をすましていた。

「これが男に惚れこんでごらんなさい。なかなか大変なことになる。印形も要る。名誉もかけなければならない。万が一のときは、俺は見そこなったのだなんていう事は逃口上にしかならない。一たん惚れたら全部でなければならないから――其処へゆくと女の望みは知れています。ダイヤモンド、着物、おつきあい、その上で家を買うぐらいなものだから。」

わたしはなるほどと思った。事業家の恋愛は妙な原則があるものだと感じた。しかし私はまるであべこべなことを感じたのであった。男同士が人物を見込んでの関係は――単に商才や手腕に惚れ込んだのは、どん底にぶつかったところが――自今の世相から見て、生命をかけたいわゆる男の、武士道的な誓約のある事を、寡聞にして知らないから――物質と社会上の位置とを失えば、あるいは低めれば済むのである。