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レモンのはなのさくおかへ

レモンの花の咲く丘へ

国枝 史郎

「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页

青空文庫

従者 と申しますと?

領主 彼女自身が、死に行く人魚だったのさ。

従者 私にはよく解りませぬが。

領主 誰によく解るものか、一緒に連れ添っていた俺にさえ、彼女が死んで十年も経った今日、やっと少し解りかけた程だもの。(間)だが不思議な運命――魔法使いの銀の杖から音なく形なく現われる、奇怪な運命が、しじゅう彼女の身の上にふりかかっていたことは、確かであったと云うことが出来る。

従者 そんなものが世の中に、あるものでござりましょうか?

領主 あればこそ、彼女が、あんな不幸な最後を遂げたじゃないか。(間)この世の中には神秘の門が、数限りもなく立っているが、それを開ける鍵は一つもない。

従者 奥様はその鍵の一つを持っていたのではござりますまいか。

領主 (従者の顔を見詰め)お前は面白いことを云う。(眼をそらし)彼女は鍵は持っていなかったが、神秘の門を幾度も幾度もおとずれたことはあった。だがそれは、ただおとずれたばかりだった。

従者 お偉い方でござりましたな。

領主 偉いか偉くないか知らぬけれど、不幸の女だった。(間)俺にとっては一生忘れられぬ強い強い記憶である。――

従者 その奥様と、今度この館へ参られた女子とが似ていると申すのでござりますか。