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レモンのはなのさくおかへ
レモンの花の咲く丘へ
国枝 史郎
「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页
その唯一人きりの若様へあの不思議の物語、アラビヤあたりの童話にでもありそうな、幻じみたお話を致すのは心苦しいことでござりますが、(間)思い切ってお話し致しましょう。けれど、今私がお話し致します夢よりはかない物語をお聞きなされたその後で、貴下が私を思い切り遊ばすのは、お心まかせでござりますが(間)、それと一緒に、たよりない私を、おさげすみ遊ばすようになることかと思えば、悲しい淋しい思いが致してなりませぬ。
公子 (女子の手を取り)それは全く貴女のおめがね違いと申すもの、私は決してそのような軽薄な心のものではござりませぬ。たとえその物語が祭の夜、裸体の男を見そめたと申すようなお話でも、また、猛獣の狂う砂漠の中で、メッカあたりへ渡って行く、カラバンの一人を、おしたいなされたと云うのでも、私は決して貴女をおさげすみ申すようなことは致しませぬ。(間)恋には天津乙女も土龍の穴まで下り、女王が蛇の窟へ忍んで行ったではござりませぬか。――そのような取り越し苦労をなされずと、さあ早く紅い花の送り主を、語って聞せて下さいまし。
女子 (頭を傾けて肩に垂れ、過去を追想する如き風をなす)北の海辺の小さい領主の一人娘が、夏の終りの夕暮に浜に彳んでいたと覚しめせ。