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レモンのはなのさくおかへ

レモンの花の咲く丘へ

国枝 史郎

「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页

青空文庫

(間)それが夕方になってからは追々に静まって、つい先刻の夜半となった頃は、音楽堂は静まり返り、ただ咽び泣くバイオリンの糸、銀の竪琴のそそるような響きが、聴く人の耳にゆれるばかり。(間)やがてオーケストラが始まり、それが止み、堂内は一層の静かさとなりました。さてこれからが三人残った優勝者の中、最後の優勝者を定めるのでござります。

女子 その三人の中に若様がおいでなされたのではあるまいか。

従者 三人の中でも一番望みを嘱されておられましたのが、若様でござります。(間)若様の歌う歌は、天下に若様のみ唯一人知っておらるる「死に行く人魚」の歌と申すのでござりますそうな。(間)若様が気高い姿を楽堂の中央へ現わして、壇上へお上がりになろうとお進み遊ばした時、集いあつまった諸国の騎士、音楽家の人々や祝歌を歌おうと召し寄せられた小供等の視線は、まじろぎもせずに若様の一身に注がれました。その時の若様のお姿は、窓からの月光も、堂内の燭の光も、若様お一人に集ったかと思われる程、気高く美しく見えました、胸には一輪の深山鈴蘭の花がさされ、手には御秘蔵のバイオリンを持っておられました。