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レーリーきょう(ロード レーリー)

レーリー卿(Lord Rayleigh)

寺田 寅彦

「岩波講座 物理学及び科学」岩波書店、1930(昭和5)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,439 字 · 55 页

青空文庫

研究所長にグレーズブルックが推挙されたのは、レーリーの考えから出たに相違ない。この創立に際して中心人物となるにはレーリーは最も適任であった。科学者の側からも信頼されると同時に政府側の有力者、また貴族の間に信用が厚かったからである。

一九〇三年に「肝油事件」というのが起った。それは所長が知人から頼まれて肝油の分析をしてやった、その分析表が訴訟事件の証拠物件となり、分析業者や化学者の団体から抗議が出てだいぶ面倒な問題になったのである。これが動機となって研究所の存在理由に関する質問が議会に出たりしたが、これに対する答弁には同所で出版された論文集二巻が役に立った。その後もこの研究所の財政問題などで心を煩わすことが多かったようである。純粋な自由研究と政府の要求に応ずるような功利的研究との融和塩梅も最も痛切な困難であったらしい。一九一九年彼の死ぬる少し前に辞表を出し、間もなくグレーズブルックも停年で退職した。

一八九七年頃レーリーは自分の仕事が少しだれ気味になるのを自覚した。それで気を変えるために休暇の必要を感じた。一八九八年の初めにインドのプーナー(Poonah)で皆既日蝕が見られるというので思い立って十月末にコロンボ行の船に乗って出掛けた。