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レーリーきょう(ロード レーリー)

レーリー卿(Lord Rayleigh)

寺田 寅彦

「岩波講座 物理学及び科学」岩波書店、1930(昭和5)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,439 字 · 55 页

青空文庫

一九一三年の春は肋膜を病んだ。そのとき「もう五年生きていたいのだが」と云った。一九一四年ルムフォード賞牌を受けたときに、人への手紙に「私の光学上の仕事が認められたのは嬉しい。あれは外の仕事よりも一層道楽半分にやったのだが」と書いている。

大戦中ターリングは軍隊の駐屯所となった。ある時はツェペリンの焼け落ちるのが見えたり、西部戦線の砲声が聞こえたりした。音響学における彼の深い知識は戦争の役に立った。飛行機や潜航艇の所在を探知する方法について絶えず軍務当局から相談を受け、また一方では国民科学研究所と航空研究顧問委員会の軍事的活動の舞台でも主役を勤めていたので、その頃の彼の書斎は机の上も床の上もタイプライターでたたいた報告書類などで埋まっていた。

レーリーの航空趣味は久しいものであった。子供の時分に燈火をつけた紙鳶を夜の空に上げて田舎の村人を驚かし、一八九七年には箱形の紙鳶を上げ、糸を樹につないだまま一晩揚げ切りにしておいたこともあった。一八八三年には鳥の飛翔について、『ネーチュアー』誌に通信を寄せた。これがリリエンタールの滑翔の研究を刺戟したことは本人からレーリーに寄せた手紙で分る。