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ウィタ・セクスアリス

ヰタ・セクスアリス

森 鴎外

「昴」1909(明治42)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,941 字 · 119 页

青空文庫

白地の浴衣に麦稈帽を被った裔一は、午過の日のかっかっと照っている、かなめ垣の道に黒い、短い影を落しながら、遠ざかって行く。

裔一は置土産に僕を諷諫したのである。僕は一寸腹が立った。何もその位な事を人に聞かなくても好いと思う。それも人による。万事に掛けて自分よりは鈍いように思っていた裔一には、出過ぎた話だと思う。その上お蝶が何だ。こっちはまるで女とも何とも思っていないのではないか。人を識らないのだ。寃もまた甚しいと思ったのである。

机に向いて読み掛けていた本を開ける。どうも裔一の云ったことが気になる。僕はお蝶を何とも思ってはいない。しかしお蝶はどうだろう。僕とお蝶とは殆ど話というものをしないから、お蝶が何と云ったというような記憶は無い。何か記憶に留まった事はないかと思うと、ふいと今朝の事を思い出す。今朝散歩に出た。出るときお蝶は蚊屋を畳み掛けていた。三十分も歩いたと思って帰って見ると、お蝶は畳んだ蚊屋を前に置いて、目は空を見てぼんやりしてすわっていた。もう疾くに片付けてしまっているだろうと思ったのに、意外であった。その時僕は少し懶けて来たなと思った。