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ヴォルフのせかい

ヴォルフの世界

宮本 百合子

「文芸」1941(昭和16)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,928 字 · 4 页

青空文庫

絵画ではきっと処理しきれないだろうと思えるどっさりの生活の感情が、そこには流動する立体感であつかわれている。

もう一つ非常に印象をうけたのは、その一冊の終りの方に工場や作業台に向って働いている人々を撮った何枚かの中の一枚で、精密な機械の調べ手入れのようなことでもしているらしい年寄の男の写真である。時計屋が使うような片目の覗き眼鏡にぴったり顔をおっつけ、右手でその眼鏡の下のものをいじっているところだが、ヴォルフはカメラをその顔や手の、下の方から向けた。

皺のある大きい老職工の顔のかぶさった肉体的な全容積と頑固な形をしているくせにその仕事にかけての巧妙さを語る大きい手先とが、小さな覗き眼鏡の円筒を中心として、その小さい道具を既に生理の一部分にとかしこんでいるような吸着力で捉えられている。仕事への熟練とその集注力の大さとが、いかにも人間の肉体を通して語られている。こんな微細な作業から大きいこともしてゆく人間の精神への感興が、おのずから湧きおこされて来る。

ヴォルフがいつも自分の撮そうとする対象を愛しているということは、その作品集の日本の編者も絶讚していることだけれども、芸術家が対象を愛すというのはどういうことを意味するのかと実に面白く考えられた。