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いちやのうれい
一夜のうれい
田山 花袋
「文藝倶樂部 第二巻第九編臨時増刊 海嘯義捐小説」博文館、1896(明治29)年7月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,003 字 · 4 页
夜は早十時を過ぎたり。されど浮立たざる心には、臥床を伸べんことさえ、いとものうし。まして我は寝ねてだに、うれしき夢見るべき目あてもあらぬ墓なき身なれば、むしろ眠らずして、この儘一夜を闇黒の中に過すべきか、むしろこの一夜の永久なる闇黒界にならんことを、慈悲ある神に祈るべきか。かく悲しく思いつづけつつ、われはなお茫然としておりたれど、一点の光だにわれを慰むるものもあらぬに、詮方なくてやがていねたり。
枕に着くれば、如何なる熱情も静まるものとかねて聞きしが、われのはそれと反対にて、空想は枝に枝を生じ、またその上に枝を生じて、果てしなく狂い出ししこそ墓なけれ。何故に、われはかく迄この世の中おもしろからぬか。何故に、かく迄このわが身の楽しからぬか。死、死という事などは、わが身に取りては、何のわけもなきことなり。
つらつら観ずれば、人の命なるもの、尊しと思えば、尊ときに相違なけれど、尊からずと見る時は、何のまた些少の尊さのあるべき。かつそれ、稀には百歳の寿を保つものありといえども、生れて直ちに死する人もあり、或は長生するやも料られざれども、また今直ちに何事か起り来るありて、俄かに死するやも料られざるにはあらずや。