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いっぽんのはな
一本の花
宮本 百合子
「改造」1927(昭和2)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,709 字 · 55 页
そんなことに無関係な朝子さえ、とっさにそんな事実はあるまいと思えず、漠然疑いを抱く。その程度に、団体内部の空気は清潔でないのであった。
程経て、朝子が廊下を行くと、向うから諸戸が、ひどく急ぎ足にやって来た。朝子はちょっと会釈した。平常なら、二言三言口を利くところを、彼は殆んど朝子をも目に入れなかった風で、角を曲ろうとした。
小使が、草履を鳴らし、それを追った。
「あの、自動車は直ぐ来させましてよろしゅうございますか」
角を曲る急な動作でモウニングの尾を煽るようにしながら、左手を後へ振り、諸戸は、
「直ぐ! 直ぐだ」
叫ぶように命じた。
その廊下の外に、一本の石榴の木が生えていた。このような公共建築の空地に生えた木らしくいつも徒花ばかり散らしていた。珍しく、今年は、低い枝にたった一つ実を結んだ。その実は落ちもせず、僅かながら色づいて来た。がらんとした長廊下や、これから相原に会い、買収策でも講じるであろう諸戸の周章した後姿、風に動く草まで、総て秋蕭々と細長い中に、たった一つ石榴の実は円く重そうで、朝子に何か好もしい感じを与えた。
朝子は立止って、秋風の午後に光る石榴をながめた。