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みさきまちのはら
三崎町の原
岡本 綺堂
「不同調」1928(昭和3)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,292 字 · 5 页
そこは真暗な草原で、野犬の巣窟、追い剥ぎの稼ぎ場である。闇の奥で犬の声がきこえる、狐の声もきこえる。雨のふる時には容赦なく吹っかける、冬のあけ方には霜を吹く風が氷のように冷たい。その原をようように行き抜けて水道橋へ出ても、お茶の水の堤際はやはり真暗で人通りはない。いくらの小使い銭を持っているでもないから、追いはぎはさのみに恐れなかったが、犬に吠え付かれるには困った。あるときには五、六匹の大きい犬に取りまかれて、実に弱り切ったことがあった。そういう難儀も廉価の芝居見物には代えられないので、わたしは約四年間を根よく通いつづけた。その頃の大劇場は、一年に五、六回か三、四回しか開場しないのに、春木座だけは毎月必ず開場したので、わたしは四年間に随分数多くの芝居を見物することが出来た。
三崎町三丁目は明治二十二、三年頃からだんだんに開けて来たが、それでもかの小僧殺しのような事件は絶えなかった。二十四年六月には三崎座が出来た。殊に二十五年一月の神田の大火以来、俄にここらが繁昌して、またたくうちに立派な町になってしまったのである。その当時はむかしの草原を知っている人もあったろうが、それから三十幾年を経過した今日では、現在その土地に住んでいる人たちでも、昔の草原の茫漠たる光景をよく知っている者は少いかも知れない。