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さぶろうじい

三郎爺

宮本 百合子

「東京日日新聞」1918(大正7)1月5日~17日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,866 字 · 50 页

青空文庫

生れて、やっと四十日経つか経たぬに、彼等の言葉で云う「ならずもの」のお蔭で、とり返しのつかない目にあってから以来、彼が三十近くなるまで、彼と狐、狸ははなれられない因縁を持っていたのだそうだ。

彼の第一の事件は、ある大層暑気の激しい夏、彼がまだフヨフヨの赤ん坊のときに起った。

六右衛門という百姓の女房が背戸で菜飯にする干葉を洗っていた。

もうあたりは薄暮れて、やがて螢の出そうな刻限だのにどうしたのか昼の暑さが一向に減らない。

その頃も今と同じ、半裸体の姿でザブザブと水をつかっているのに、女房の体からは、樽の栓でも抜いたような大汗が、ダクダクダクダク気味悪いほど流れて来る。

息が詰りそうにむれっぽい息を、ホウッとついて、玉のような汗を拭き拭き女房は思わず、

「ハアえれえ暑さなこった」

と独言(ひとりご)ちながら、何心なくフイと腰を延して見ると、いつの間に昇ったか、大きな大きな、途方もなく大きな月がついそこの松の梢に懸っている。

よく瞳を定めて見ると、大きいばかりでなく、色差しも何だかいつもとは違う。まるで朱塗の丸盆のようにどす赤い月が、ビクともしないで、いつまで経っても同じ梢に止まっている……。