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じょうしゅうのこずとさんめい
上州の古図と山名
木暮 理太郎
「山岳」1923(大正12)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,311 字 · 13 页
それが尾瀬又は小瀬となったのはいつ頃のことであるか、寛文六年に編纂された『会津風土記』には小瀬とあり、『上野国志』には尾瀬とある。そして古図にも小瀬又は尾瀬と訂正してある所から察すれば、戸倉から檜枝岐に通ずる道路は、『正保図』に一里塚の記号が入れてある程あって、「冬より春の内牛馬不通」でも、夏秋の候は相当に人通りもあり、割合によく世間に知られる便宜があった為であろうと思う。沼の東からも水が流れ出すものとして描かれるようになったのは、『正保図』に大江沢が大江山の北から発源して沼に流入している。それが誤って沼から発源するように描かれたものに相違ない。境目沼とあるのも「さかひ沼」の名残であろう。
大江山は『上野国志』に「沼峠の東に在り、奥州界なり、奥州にて赤安山と云」といい、又大江沢は赤安山から発源して小瀬沼に入ると文化六年の序ある『新編会津風土記』に書いてあるので、五万の図の大江山は動かぬ所であろう。つまり昔の国境は今と違って沼の中央から北に向って大江沢を遡り、大江山から南下して袴腰山に達したものではあるまいか。『正保図』に沼に向って東北から流入している川に「檜枝岐境沢」