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ふざいじぬし
不在地主
小林 多喜二
一~十一、十六「中央公論」1929(昭和4)年11月号、十二~十五(「戦い」の表題で。)「戦記」1929(昭和4)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,990 字 · 141 页
この一篇を、「新農民読本」として全国津々浦々の「小作人」と「貧農」に捧げる。「荒木又右衛門」や「鳴門秘帖」でも読むような積りで、仕事の合間合間に寝ころびながら読んでほしい。
一
「ドンドン、ドン」
泥壁には地図のように割目が入っていて、倚りかかると、ボロボロこぼれ落ちた。――由三は半分泣きながら、ランプのホヤを磨きにかかった。ホヤの端を掌で抑えて、ハアーと息を吹き込んでやると、煙のように曇った。それから新聞紙を円めて、中を磨いた。何度もそれを繰返すと、石油臭い匂いが何時迄も手に残った。
のめりかけている藁屋根の隙間からも、がたぴしゃに取付けてある窓からも、煙が燻り出ていた。出た煙はじゅくじゅくした雨もよいに、真直ぐ空にものぼれず、ゆっくり横ひろがりになびいて、野面をすれずれに広がって行った。
由三は毎日のホヤ磨きが嫌で、嫌でたまらなかった。「えッ、糞婆、こッたらもの破ってしまえ!」――思い出したように、しゃっくり上げる。背で、泥壁がボロボロこぼれ落ちた。何処かで牛のなく幅の広い声がした。と、すぐ近くで、今度はそれに答えるように別の牛が啼いた。