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ふざいじぬし
不在地主
小林 多喜二
一~十一、十六「中央公論」1929(昭和4)年11月号、十二~十五(「戦い」の表題で。)「戦記」1929(昭和4)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,990 字 · 141 页
岸野は畔道にしゃがんで、
「どうだい、今年は?」と、稲の穂をいじりながら、吉本管理人にきいた。――昔の地主などとちがって、岸野は田畑の事には縁が遠く、ただ年幾らの小作料が手に入るしか知っていなかった。
「ええまア並です。二番草の頃は、とてもよかったんですが、今月の始め頃にかけて虫が出ましてね。殊に去年は全部駄目と来ているから、今年はどんなに良くても小作はつらいんです。――余程疲弊してるんで……。」
「ん……で、どうだい様子は……?」
「え、今のところは……矢張り秋になってみないと。」
――お互いに声が低くなっていた。
「気をつけて貰わないとな。」
「それア、もう!」
「ん。」
岸野は正直に云って、時々後から不意に田の中へ突きのめされはしないか、という脅迫めいた恐怖を感じていた。何かの拍子に、何度も何度もギョッとした。一町も行かないうちに、汗をびっしょりかいていた。然し表面だけの威厳は持っていなければならなかった。
「この前のように、嘆願書をブッつける事はないだろうな。」
「その点こそ、今度は大丈夫ぬかりませんでした。」
「ん。」それで安心した。――然し後の方は口に出しては云わなかった。