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ふざいじぬし
不在地主
小林 多喜二
一~十一、十六「中央公論」1929(昭和4)年11月号、十二~十五(「戦い」の表題で。)「戦記」1929(昭和4)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,990 字 · 141 页
汗が上衣まで通って、背の出張ったところ通りの形にグッショリ濡れていた。
「どうしたんだべな。」
「追われて来たんだべよ。――見れ、弱ってる!」
不意に、あまり遠くない処で銃声がした。雑木林から吹き上げられたように、鳥の群が飛び立った。続いて銃声がした。――と、上官らしいのが列外へ出て、何か号令をかけた。ガジャガジャと金具の音が起った。が、皆はどうにもならない程、疲れ切っていた。
「グズグズしちアいかん! グズグズしちアいかん!」
上官がカスれた声で怒鳴った。
「やっぱり兵隊って、ええものだね。――ラッパの音でもきいたら、背中がゾクゾクしてくるからな。」
健の隣りで話している。――「青島」で右手がきかなくなってから、働くことも出来ず、半分乞食のような暮しをしている「在郷軍人」だった。
「戦争だって、考えたり、見たりする程おッかねえもんでねえんだ。ワアッて行けば、何んしろ……」
皆に聞えるように、わざと声を高めた。
兵隊は歩きづらい砂地を、泥人形のような無恰好さで、ザクザク歩き出した。だまりこくって、空虚に眼を前方の一定のところにすえたきり、自分のではない、何か他のものの力で歩かせられているように、歩いていた。