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のりあいじどうしゃ

乗合自動車

川田 功

「探偵趣味」1926(大正15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,957 字 · 8 页

青空文庫

併し一方に於て彼は失望せざるを得なかった。彼の早業は婦人が此方へ振向く途端に既に帯の間へ手を入れたが、其処にはあるべき筈の紙入がなかった。英吉は歯と歯を軋らした。口惜しい時に遣る彼の癖である。金が欲しい為めでは勿論ない。男の意地で掛った仕事であった。彼は此失敗で思い止まる事は出来なかった。

車が大きく傾いて日本橋へ止った。何の気なしに降りる客を見送って居ると、中に一人見覚えのある男を見出した。何処か特徴のある顔が理由もなく彼の首を捻らした。而して到頭思い出す事が出来た。

「なんだチェッ。あんな野郎にしてやられたかッ」彼はこう考えて又歯を軋らした。此処にも朝鮮人を軽蔑して居る内地人の心理があった。と云うのは、思い出した男と云うのは近頃市内を荒し廻っている朝鮮人の掏摸の一人なのであった。「うむ、彼奴が一足先に抜き取ったに相違ない。俺の眼が狂って居った訳ではない。確かに紙入は持って居た筈だ」

彼は今日のへま続きに気を腐らした。併し如何に飛込んで来た仲間以外の者であろうと、朝鮮人であろうと此商売は早い方が勝にきまって居る。近頃では縄張内だの自分が跟けて来たのと云ったって問題にならなくなって居る。