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ちちとみつのながれるち

乳と蜜の流れる地

笠 信太郎

「あまカラ 新年号 第一三七号」甘辛社、1963(昭和38)年1月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,472 字 · 7 页

青空文庫

さんさんと降りそそぐ陽の下には牧草が勢よく伸びている。大きな乳牛の背をさすりながら、こころよい陽光を浴びて立っていると、牛の心臓の鼓動が、音だとも振動だともつかぬが、ズシン、ズシン、ズシン……とリズムを打って私の手を通じて聞えてくる。そのリズムはまるで、この大地の力が、草を食む牛のからだを通して、地殻の中から脈打っているというふうに思えるのである。むろん大地が牛を生んだのに相違ない。そこで、その大地の鼓動を牛がそのまま伝えていても不思議はなさそうだ。これまた錯覚的な妄想ではあろうけれども、この大きな牛の横に立ちつづけて、牛の体温と心臓の鼓動をわが手に感じていると、それが実感的にくるのである。

それから後、“ゾンネンベルグ”のヴェランダから見る山裾のなだらかなアルプは、私にはこれまでと少しちがった感覚を送ってくるようになってきた。それはもうただの風景だけではなく、あの緑は私に新鮮な食慾をまじえて、この風景を送っているようであった。そうだ、あのアルプの草原で草を食む牛、その草から出てきた乳、乳から出てくるバターやチーズ……

「乳と蜜の流れる地」という言葉は、聖書のなかのいかにも美しい言葉の一つだが、緑の草原の上をゆるやかに乳が流れているといったこのうまい表現は、この草原から連想されるほかならぬ食慾を、もう一度