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ちぶさ

乳房

宮本 百合子

「中央公論」1935(昭和10)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,932 字 · 56 页

青空文庫

はなれたところからその様子を眺めていて、ひろ子は、重吉がここへ来たとき玄関の石段を登るに、拷問ではれた脚の自由がきかないで手をついてあがったと人からきいた話を思い出した。

気になって時計を見たが、まだ五分も経っていない。待つ間はこんなに永いが、いざ顔を見て口を利く時になると、幾言もまだ話したと思えないのに、もういい、と窓をおろされる。期待の永さと、短い間にひどく緊張して気をはりつめるせいで面会はくたびれた。面会窓があいた瞬間に、やあ、と笑顔になりながら大きい両肩をゆっくり揉み出すようにのり出してくる重吉の身ぶりや、いつも落ちかかって来る窓ぶたに語尾を押し截られるように、じゃ元気で、という重吉の声の抑揚は忘られなかった。次に会うまでに一ヵ月の時がたっていても、最後に見た重吉の眼の中や、唇のあたりに浮んでいた細かい表情はそのままの暖かさで、ひろ子の心にのこっているのであった。

ひろ子はハンドバッグをあけて、ひびの入った小さい鏡をのぞきこんだ。そしてハンケチで鏡のごみをふき、ハンケチの別なところを出して堅く丸め、頬っぺたの上をきつくこすった。皮膚のいくらか荒れた頬に少し赤味がさした。