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ちぶさ

乳房

宮本 百合子

「中央公論」1935(昭和10)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,932 字 · 56 页

青空文庫

「大谷さん?――何サ今ごろんなって」

寝間着の前をはだけ、むっちりしたつやのいい膝小僧を出したまんま腹立たしそうに呟いた。

「用事だったらまた起すから寝てなさい、よ、風邪ひくわ」

片隅によせあつめものの古くさいテーブルなどが置いてある三畳の方から、急な階子段がむき出しに下の六畳へついている。ひろ子は暗がりの中を手さぐりでそこの十燭をつけ、間じきりの唐紙ははずしてある四畳半をぬけ、流しの前へ下りた。節約で、台所の灯はつけてない。水口の雨戸の建てつけが腐っているところをコトコトやっていると、外から少しじれったそうに、

「――どれ」

と戸をひくようにした。

「駄目、駄目。こっちを先へもち上げなけりゃ」

戸があくと同時に一またぎで大谷が土間に入った。

「なるほどこれじゃ骨が折れる。却って用心がいいようなもんだね」

そして、持ち前の毒のない調子で目をしばたたきながらふ、ふ、ふ、と笑った。

「どうしたの、今時分」

「急に頼みが出来たんだがね」

「何だか音がしたと思って見てるのに、すぐ顔を出さないんだもの」

「失敬、失敬」

大谷は首をすくめるような恰好をして笑いながら、

「しょんべんしてたんだ」