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かんぱい
乾杯
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,788 字 · 18 页
それが何であるかは、まだはっきり掴めませんでしたが、小さな皺を寄せていた彼の額の皮膚は伸び拡がり、眼眸は輝いてきました。
彼は手を差し出して、上原稔の骨張った頑丈な手を握りました。そして言いました。
「吾々のために乾杯しよう。僕は君の身方だ。」
上原稔は眼をしばたたきました。
「これが、先日の君への返答だ。」
「分ったね。」
俄に大きく見開いてじっと見つめた上原稔の眼は、涙にぬれてきました。その眼を伏せて、彼は言いました。
「分りました。」
「鋼板は、明日からでも、どしどし使い給え。君に任せる。僕も、出かけるよ。いいだろうね。」
上原稔は頭を下げました。
「さあ乾杯だ。あけ給え。」
飲みほしたのへ、二つとも、山川正太郎はなみなみとつぎました、そして二人一緒に、グラスを挙げて、一息に飲みました。
上原稔はグラスを卓上に置きました。それより先、山川正太郎は飲みほすなり、グラスを床板に叩きつけました。薄手に彫りがあり足のついた高杯で、微塵に砕け散りました。
最後まで居残っていた二人の客が振り向きました。茶を出していた女中が急いで来ました。そのあちらに、加納春子の静かな眼がありました。