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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

……さぞあなた一人で、ここまでになすった家なんでしょうから」

袂からふところ紙を出して、多計代は涙をおさえた。少しふるえるその手の中指に見事なダイアモンドの指環がきらめき、煖炉棚の上におかれた振子時計が、ガラス・ケースの中で一本の金線につられた金色の振子を音なくまわし、部屋にひろがった静寂の深さと時のうつりを計っている。伸子はその座にいたたまれない思いになった。激情的な多計代は、いつも対手が一番ひどいことをいわずにいられなくなるまで、感情を刺激し、駆りたてた。伸子も始終それにまきこまれて来た。しかし、今夜、伸子はその渦に巻きこまれず、不思議に悲しい鮮やかさで、この家庭の全情景を心に映しとった。

十二

翌朝、身じまいをおわって伸子が畳廊下へ出てゆくと、襖があいていて、泰造が一人洋服箪笥の前で、身仕度をしていた。

「お早うございます、もうお仕度?」

「ああ。よくねましたか」

泰造は、きちんと剃った顔をあおむけ、洋服箪笥の戸の裏についている鏡を見ながらネクタイを結んでいた。ホワイト・シャツの背中が鼠色フェルトのズボンつりの交叉の間に清潔にふくらんで、あおむきにのばしたのどの皮膚が、カラーのあわせめから顎へかけて年配らしくたるんでいる。