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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
けれども、佐々の家には一軒の貸家も、収入となる一ヵ所の地所もなかった。それがあれば、ひとりでに儲かってゆくというような家とか地面とかをためていなかった。そういう点で泰造の生活態度は仕事に自信のある技術家らしい淡白さだった。多計代がむしろそういう点に用心ぶかさと積極性をもっていた。それにしろ十何年も昔、多計代がひどく意気込んで雪の日に見に行って買った北多摩の地面は、四季を通じてそこから富士が素晴らしくよく見えるというのがとりえなばかりで、地価さえろくにあがらず、今だに麦畑のままであった。
その日は、素子の母の命日というので、素子が甘いもの好きであったひとのためにおはぎをこしらえはじめた。御飯がすこし柔らかに炊けすぎて丸めにくい。家じゅう三人の女が台所の板の間でさわいでいるとき玄関へ誰か来た気配がした。とよが、手を洗って出て行ったが、眼のすわったような妙な顔つきで戻って来た。
「――こういう方が見えましたけれど……」
水を拭かないままのうす赤い指さきで、方眼紙の小型ノートのはしをむしった紙きれを出した。太い鉛筆で乱暴に「黒色連盟 山田」と書いてある。
「…………」