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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

「ないの?」

「出ていないね、きょうは。前崎の玄関のところの花壇にバラを植えようと思っているんだが……」

バラというと、伸子は父の誕生日にもって行ったきれいな黄色と白のバラの花を思い出した。つづいて越智が思い出された。

「お母様いつ頃おかえりになる予定なのかしら……」

「珍しくおちついているよ、ゆっくりいるがいいのさ」

「二人でいらっしゃるからいいのよ、きっと。お母様だって落着けるだろうし、お父様ったらひまがなさすぎるから駄目よ、東京ばっかりだと」

事務所のあるビルディングの入口で泰造とわかれて伸子は動坂へまわった。

門を入ってゆくとピアノの音がしていた。内玄関の方へまわって、女中部屋の窓の外を通る伸子を見つけて、

「あら! 伸子さまがいらした」

という声がした。ガサガサと急になにか包むこわばった紙の音がして、一人が部屋の戸をぱたんとしめた。伸子はそのまま上ってピアノの音がしている客間のドアをあけた。和一郎が一人で弾いているとばかり思ってあけたら、出まどの下の長椅子に、従妹の小枝がかけて、ピアノのよこに、和一郎の友人の松浦が制服姿で立って譜をめくっている。小卓の上に紅茶茶碗や空になった菓子鉢がとりちらされたままあった。