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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

そういう髪を結ったばかりの多計代の指には、ところどころ黒チックのよごれがついていた。耳にも掠ったような黒さが見える。伸子は、そこにあったちり紙で、母の耳の上についている黒いチックのあとを拭いてやった。

「前崎、よかったでしょう? この間、ちょっと事務所でお父様にお会いしたとき、随分よさそうにいっていらした」

「こないだうち、毎晩、なにをとっていたのか沖にずらりっと漁火が見えてね、ほんとにあの景色はきれいだった」

伸子は、複雑な意味をこめ、

「行ってよかった?」

ときいた。多計代は、それをごくあたりまえにうけて、

「例によって三四日眠れなかったけれど……いまあっちはいいよ。ああそういえば、伸ちゃん製材所のあったの知っているだろう? カギ半の裏に……」

ふるい東海道に面し、海を見はらす小高いとこにあるカギ半は前崎の雑貨店で、炭や味噌醤油もあきなっていた。

「覚えているわ――みかん畑のそばの」

「あすこに火事があったよ」

「まあ珍しい……海の水かけて消した?」

「村の手押しポンプが出たりしてね、びっくりした」

多計代は、櫛のしまつをして抽斗をしめると、束髪のまんなかにいつもさしている鼈甲にガーネットのついた飾りピンをとり、もんだ紙でそれをこまかに拭いた。