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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

古風なゆったりした床の間に大雅堂の絵がかかって、支那の壺が飾られていた。電燈の下の紫檀の長い大きい卓の、床の間を背にしたところに楢崎夫妻の謡曲の師匠が坐っていた。その右手に楢崎、向いあう側に伸子と佐保子とがいて、謡曲の師匠に相対す座に相川良之介が坐った。永年夫妻で謡曲を習練して来て、鼓も打つ佐保子は、師匠の謡を、精彩のこもっている絶頂と思われたその頃、近い友人に聴かして置こうというこころもちで、伸子もよばれた。

佐保子たちの流儀は金春であった。花間金次郎の「道成寺」などを観て、伸子は運動というものをほりつめて精髄だけ凝結させたような古典の芸術を面白く思った。佐保子が切符をくれて、そういう見物もしたのであった。母の多計代が少女時代に観世の謡曲を習って娘の伸子は、子供のときからゴマ点のついた謡本になじみがあった。多計代の、いかにも自分の声量にこころよく身をまかせた謡いぶりは、素人のなぐさみとしての安らかさであることもいつか会得していた。佐保子の師匠であるその中老人が、着ていた夏羽織をぬいで、端然と坐り直し、腹からの声で謡った一曲は、小規模であるが精煉されていることとその気迫で震撼的な感銘を与えた。