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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
銅鑼が鳴り、渡りはしごがひき上げられ、音楽やテープの色どりのうちに、そろそろと巨大な客船は岸壁をはなれる。最初に、気もつかないほど細い藁や果物の皮などのういたきたない水の幅が岸壁と舷側との間にあらわれる。その細いきたない水の幅は刻々にひろがり、やがて岸壁に立ってこちらをみている見送人の群集は、顔がみわけられないほど小さく遠くなって、船客は本当にひろい海上に出た自分たちというものを感じるのだった。
伸子は自分が、きょうまでの生活の岸壁をとうとうはなれたことを感じた。岸壁の上にはくっきりとまだ実物大で動坂の家の生活が見えていた。友人たちの生活も。そして、自分たち自身の生活さえ。しかし、そこにはもう決定的な水幅があらわれている。――動坂の生活が伸子自身の生活でなくなってから幾年もたっていて、伸子が外国へ行って暮していようと、この郊外の家で生活していようと、動坂の日々は動坂の家なりに転廻してゆくのだ。友達たちの生活も。けれどもそうして生活の輪がまわるすき間から見えがくれして伸子の心をそこにひきつける一つの顔があった。もみ上げや鼻の下に和毛のかげをもった保のぽってりした少年ぽい顔である。