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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

「ロシア語ばかりじゃあなくね」

とつぶやいた。うっとりした唇からもれたようなその言葉の調子に伸子の心がひかされた。

「なにをしようというの? ロシア語のほかに――」

蕗子は急に目をさまされたような様子でしばらく伸子をみつめた。そして、また人なつこい小声で、

「いろいろあるでしょう?」

小首をかしげてそういった。しかしそれぎり、気をかえたらしく蕗子ははっきり坐り直した口調になって、

「わたしにどんなお手伝いができるでしょうか」

素子にきいた。

「おっしゃって下さい。出来ることでしたらなんでもよろこんでいたしますから」

伸子たちはすぐにも、家の始末にとりかからなければならなかった。それには、まず本のかたづけが一仕事であった。

「こんどは、ごく信用の出来る人だけにたのみますよ。この前ここへこして来るときみたいに、あんな大切な本とられたりしちゃたまりゃしない」

老松町からこの郊外の家へ越して来るとき、一二度遊びに来た学生が手伝った。その青年がかたづけながらひろげて見ていたモスクワ芸術座の立派な写真帖が、あとからどうさがしても見えなくなっていた。そして、その学生は、もうそれきり素子のところへ出入りしなくなった。