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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

一冊の小説もなしで、外国へ行って何年も暮す。それは、伸子にとってたよりなくまた寂しく思えた。この間まで長い小説をかいていたとき、伸子がずっと机の上にのせていたのは「暗夜行路」であった。仕事をすまして休んでいるとき、また、書こうとすることがらが、はっきり心にまとまって来ないようなとき、伸子は、その小説を開いて一頁二頁とよんだ。断続して、いわば手あたりばったりに開かれる頁は、そのときどき、なにかの意味で伸子の伴侶となった。そうして、伸子は、自分の小説をかき終ったのであった。しかし、これからさき、幾年かの間のために是非もってゆきたい小説――それは何だろう。伸子は、躊躇なく自分の手がそこへのびる小説集を思い浮べることが困難だった。「暗夜行路」を思ってみても、その作品の世界は、伸子のいまの生活感情にとって、前方にはなくて、後方にあった。伸子が、ぼんやり息苦しい生活のせまさを感じ、そこを突破したいうずきを感じている、その限界が、「暗夜行路」にも感じられるのであった。もってゆきたい小説がわからない。伸子とすれば、このことで、一層切実に外国へもゆく気になっている自分のこころの状態を思いしらされるようだった。