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ふたつのまつかわ

二つの松川

細井 吉造

「旅」1936(昭和11)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,511 字 · 10 页

青空文庫

この方は飯田から十二キロも北上した所で、ともに天竜川への貢物となっているのだ。二つの松川が、地形図の上で黙示するすばらしい岩壁、連続する瀑布、三角州のような広い磧、塗りつぶしたような奥深い原始林などによってわれわれを妖しくひきつけてからどのくらい日がたったことであろう。僕が大平街道でギャソリンのにおいをかいだ時に満足なる終了を味わったのは、そのような個人的な要素が多く働いていたのかもしれない。

双生児のようなこの谷の区分は、前者を飯田松川、後者を片桐松川とする土地の呼称に従うのが一番賢明な方法だろう。われわれは片桐から入って飯田に抜けたのである。飯田松川に比べると、三分の一の距離しかない片桐松川ではむしろ惨憺たる悲歌を聞いたけれども、飯田松川の長流では反対に安逸の浪費をさえ感じた。ペンの旗をどちらからのぼっても、その終局点にあたる念丈ガ岳二二九〇・六メートルの三角点に立てよう。

鋭い南風が、音のない霧の波を念丈の頂にたたきつけていた。たそがれのあせた光がその厚ぼったい霧の裏にポッとにじんでいる時刻だ。頂上は寒い。霧は一切の視線を閉鎖している。だれもが疲れ切っているのだ。